ヴェーダ ヴェーダーンタ

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ヴェーダーンタについて

インド六派哲学の一。ヴェーダーンタは『ヴェーダの末尾』、ウパニシャッドの意。

インド哲学の最有力であり、ヴァーダラーヤナが前1世紀ごろ開設する。ウパニシャッド哲学を重要視し、ブラフマンを宇宙唯一絶対の究極原因者としてアートマンブラフマンの一致こそが人生の目的と説く。

根底経典は「ブラフマ・スートラ」。

ミーマーンサー学派と姉妹学派。

 

 

ヴェーダーンタ哲学とはなにか

http://www.tunnel-company.com/data/swami1.pdf

 

 



 

 

日本の社会に浸透したヴェーダ

No.131 2010年3・4月号 - ヴェーダ総合情報サイト より

 

 一般にヴェーダと言いますと、日本をはじめインド以外の国々では、インド哲学や宗教学といった学問の中でしか知られていません。けれども部分的に、最近、一般の人々の間にもヴェーダの英知が伝わってきています。

 

 例えば、インドの伝統医療「アーユルヴェーダ」は、自然治癒力を最大限に引き出して病気をいやすということで今大変注目されていますが、これは4種類あるヴェーダの中で科学的知識が収録されている「アタルヴァ ヴェーダ」の中から、医学にかかわる部分が抜粋されて体系化されたものです。また最近、「インド式計算術」と呼ばれるものの関連本が書店でベストセラーになっていますが、この中の計算法や公式もやはりアタルヴァ ヴェーダから来ています。

 

 さらに、日本では若い人も年配の方も、美容と健康のためにヨガを習うことがブームになっており、日本中どこへ行ってもヨガ教室が開かれています。ヨガ教室ではヨガの前後にマントラという呪文のような言葉を唱えることがあります。ヨガは体の健康を促進しますが、マントラは心の健康を促進します。心身ともに健康であってはじめて幸せな生活が送れます。ヴェーダにはだれもが習うことのできる数多くのマントラがあります。

  

 では、ヴェーダはだれが作り、ヴェーダには何が書かれているのでしょうか? 

 

 ヴェーダは太古の聖者たちが悟りの意識の中で聴いた神の真実の言葉を集めたものであると言われています。真実の言葉、日本の密教で言う「真言」も、もともとは、このインドのヴェーダのマントラから来ています。真言は音を重要視していますから、もとのヴェーダの言葉であるサンスクリット語を翻訳せずに音写したものになっています。如来、観音、菩薩といった、仏教の様々な神様にお祈りするための真言があります。これらの真言はよく「オン」という言葉で始まって「ソワカ」という言葉で終わります。オンはサンスクリット語のオームのことであり、ソワカはスワーハーがもとの言葉です。般若心経はギャーテー ギャーテー ハラギャーテー ハラソーギャーテー ボージーソワカーという文句を唱えて終わりますが、これも真言です。

 

 仏教では、偽りのない真実をあらわす言葉には、その言葉が示す真実、あるいは願いを実現する力があると考えられています。真実をあらわす聖なる言葉である真言を口に唱えることによって、智慧を得ること、また、様々な障害を滅して、福徳を得ることを願い、それらが成就されると信じられています。

 

 かつてヴェーダのマントラは、インドから中国を経て漢字に表記されてはるばる日本に伝わってきましたが、漢字の読みかたは時代とともに変化していきました。この結果、もともとのマントラの発音とはかなり異なったものになってしまいました。しかし、現代にあっては昔のように苦労することなく、だれもが日本にいながらにして、インドの正確な発音を学ぶことができます。

  

 今でこそ様々な分野で注目されつつあるヴェーダですが、インドでは西洋文化の流入やいわゆる近代化の波に飲まれて徐々にヴェーダ継承の伝統は失われつつあります。まだご存知ない方も多いかと思いますが、ヴェーダは最近ユネスコの無形文化遺産に登録されました。

 

 スワミはヴェーダを復興し、ヴェーダに関する知識を人々の間によみがえらせることがご自分の使命であるとおっしゃっています。ヴェーダは国や宗教や身分を越えており、そのメッセージは人間社会に平和と安全をもたらすとスワミはおっしゃいます。世界中のすべての人がヴェーダを学び、ヴェーダの原理を生活に適用する必要があるとスワミは説き続けておられます。

 

 ヴェーダはサンスクリット語という言葉で書かれており、一般的にヒンドゥー教に関係していると信じられています。数年前、アメリカのある帰依者の夢にスワミがでてこられました。その帰依者の方は夢の中でスワミに「私はヴェーダの言葉がわからないので、ヴェーダを理解することも唱えることもできません」と言いました。すると、スワミはその方をおしかりになって、「サンスクリットは言語ではありません。ヴェーダの讃歌の意味は、深い黙想と実践によってのみ理解することができます」とおっしゃられました。サンスクリットは正確にはサムスクリタムと言います。スワミは続けてサムスクリタムの意味を明らかにされました。「サムスクリタムのクリタムとは『行うこと』を意味し、サムヤクは『一致して』という意味です。ですからサムスクリタムとは言語ではありません。サムスクリタムとは、思いと言葉と行動を一致させて実践することにより明らかとなる、自己認識のことです」スワミはこのようにおっしゃって、ヴェーダは、熱心に聴いて、唱えて、その教えを実践に移すことで、真実の自己が明らかになるということをお教えになりました。

 

マントラ プシパムの内的意義

 

 ヴェーダは象徴的で、なぞめいたメッセージにあふれており、私たちの想像を超えています。「マントラ プシパム」とうい名のヴェーダの有名なマントラがあります。スワミはこのマントラに隠された深遠な意味を、先ほどの帰依者の夢で明らかにしてくださいました。マントラ プシパムは次の詩節ではじまります。
 
 
ヨー パーム プシパム ヴェーダ プシパヴァーン プラヂャーヴァーン パシュマーン バヴァティ チャンドラマー ヴァー アパーム プシパムー プシパヴァーン プラヂャーヴァーン パシュマーン バヴァティ ヤ エーヴァム ヴェーダ ヨー パーマーヤタナム ヴェーダ アーヤタナヴァーン バヴァティ

  

 この詩節は文字通りには「水の花と、その月に対する関係を理解する者は至高の住処に到達するだろう」という意味になります。スワミによりますと、生命の水(アパハ)は愛です。インドでは古来、月(チャンドラ)は心に例えられています。水を愛に、月を心に置き換えて、花(プシパ)を「深い意義」と解釈しますと、マントラプシュパムの深遠で重要な意味が明らかになります。この詩節の意味は次のようになります。「愛の深い意義と、その心に対する関係を理解する者は、至高の住処に到達するだろう」これは普遍的な霊性の道です。マントラ プシパムは続く詩節で、世界の主要な六つの宗教がこの霊性の道を基盤としていることを明らかにしています。マントラ プシパムの次の詩節です。
 
 
アグニルヴァー アパーマーヤタナム アーヤタナヴァーン バヴァティ ヨー グネーラーヤナム ヴェーダ アーヤナヴァーン バヴァティ アーポー ヴァー アッグネーラーヤタナム アーヤタナヴァーン バヴァティ
 

 

 この詩節は「供犠の火の重要性を理解する者は至高の住処に到達するだろう」という意味です。この詩節でたびたび登場する「アグニ」という言葉は「火」を意味します。イランなど中近東で信者が多いゾロアスター教は光の象徴としての純粋な火を尊びます。スワミはゾロアスター教の聖なる火の霊的意味を次のようにおっしゃっています。「すべての苦しみを聖なる火の中に投じ、堂々と、立派に、神聖になりなさい」この詩節に続く詩節は、マントラ プシパムの中で繰り返し何度も唱えらます。

 

 

ヤ エーヴァム ヴェーダ ヨー パーナムヤタナム ヴェーダ アーヤタナヴァーン バヴァティ

 

 この詩節の意味はこうです。「これは知られるべきすべてである。愛によって輝く者は、至高の住処に到達するだろう」マントラ プシパムの次の詩節はキリスト教に関連しています。
 

  

アサゥ ヴァィ タパンナパーマーヤタナム アーヤタナヴァーン バヴァティ ヨー ムッシヤ タパタ アーヤタナム ヴェーダ アーヤタナヴァーン バヴァティ アーポー ヴァー アムッシヤ タパタ アーヤタナム アーヤタナヴァーン バヴァティ

 

 

 「アサゥ ヴァィ タパンナハ」は「焼けつくような太陽」を意味します。十字架は焼けつくような太陽の苦痛と苦悩の象徴です。エゴと肉体意識を十字架上で滅ぼすことはキリスト教の真髄です。イエスの説く同胞愛は肉体意識を克服する助けになります。ですからこの詩節の意味は次のようになります。「愛と、エゴの消滅というこの二つの相互のつながりを理解する者は、至高の住処に到達するだろう」スワミは十字架の霊的な意味を次のように教えてくださっています。「『私』は英語ではIと言いますが、(縦線一本の)Iという感覚を(横一文字に)ばっさりと切ってしまって、エゴを十字架上で死なせなさい。そして永遠の命を得なさい」

 

 

 マントラ プシパムの次の詩節はイスラム教に関連づけて解釈できます。

 

 

チャンドラマー ヴァー アパーマーヤタナム アーヤタナヴァーン バヴァティ ヤシ チャンドラマサ アーヤナム ヴェーダ アーヤタナヴァーン バヴァティ アーポー ヴァィ チャンドラマサ アーヤタナム アーヤタナヴァーン バヴァティ

 

  
 「チャンドラ」は月を意味します。月の変化は心がさまようことと関係しています。至高の神に対する愛に心を定めることは、イスラム教の真髄です。このように、この詩節は「しっかりとした信仰心や信念と、愛の間の関係を理解する者は至高の住処に到達するだろう」という意味です。スワミはイスラム教の月と星のシンボルの意味について次のように教えてくださっています。「三日月から決してさまようことなく、しっかりとした信仰で動じることのない星のようになりなさい」

 

 
 次に続く詩節はユダヤ教に関連付けて理解することができます。

 

  
ナックシャットラーニ ヴァー アパーマーヤタナム アーヤタナヴァーン バヴァティ ヨー ナックシャットラーナーマーヤタナム ヴェーダ アーヤタナヴァーン バヴァティ アーポー ヴァィ ナックシャットラーナーマーヤタナム アーヤタナヴァーン バヴァティ

 

 
 「ナックシャットラム」は星を意味します。星はあらゆるところに満ちている意識の象徴であり、ユダヤ教の精髄です。このように、この詩節は「全知、全能、遍在の愛の神の偉大さを認識する者は、至高の住処に到達するだろう」という意味に解釈されます。スワミはユダヤ教の星の意味を次のように説明していらっしゃいます。「星の6つの点によって象徴される6つの方角(東西南北、上下)のすべてを支配する神を信頼しなさい」

 

  
 次の詩節は仏教に関連付けられます。

 

 
サムヴァッツァロー ヴァー アパーマーヤタナム アーヤタナヴァーン バヴァティ ヤスサムヴァッツァラッスヤーヤタナム ヴェーダ アーヤタナヴァーン バヴァティ アーポー ヴァイ サムヴァッツァラッスヤーヤタナム アーヤタナヴァーン バヴァティ

 

 
 「サムヴァッツァラ」(年)とは時間を意味します。仏教の法輪は原因と結果をもたらす時間に関係しているダルマを象徴しています。愛の行為は時間を越えたダルマ(正しい行為)です。ですからこの詩節は、「愛と時間(行為)の間の相互関係を理解する者は至高の住処に到達する」ということを意味します。スワミは仏教の法輪の霊的な意味を次のように教えてくださっています。「原因と結果の輪(サイクル)と、それらすべてを正しいものにするダルマの輪、法輪を覚えておきなさい」

 

 

 マントラ プシパムの最後の3行はヒンドゥー教に関係しています。

 

 

ヤ エーヴァム ヴェーダ ヨー プス ナーヴァム プラティシュティターム ヴェーダ プラティエーヴァティシュタティ

 

 
 「これは知られるべきすべてである。これを知る者は、愛の海に浮かぶ船のように安定している。彼は己れこそが、知られるべきすべてであると知ることができるであろう」創造と知識の始まりの音はヒンドゥー教の聖音オームです。スワミはおっしゃいます。「宇宙の中心で鳴り響き、あなたの呼吸の中でも繰り返されている原初の音に耳を傾けなさい」

 

 ヴェーダは言います。「エーカム サット ヴィップラー バフダー ヴァダンティ」―真理はひとつ、賢者はそれを様々な名前で呼ぶ。様々な信仰は特定の文化伝統に即した様々な方法で、神の愛と正義という同じ永遠のメッセージを表現しているのです。

 

 より最近の宗教の教えの真髄も、最古の聖典であるヴェーダの教えの真髄となんら変わりません。古代と現代の霊的な道の偉大な統合者であられるスワミは、私たちに、まさに「宗教はただ一つであり、それは愛の宗教である」ということを示しておられるのです。